経営基本方針

全員の創意で常に新しい商品を世に問い

居住空間の創造を通して21世紀を勝ち抜く企業集団を作ろう

社長挨拶

代表取締役社長 野澤俊也

代表取締役社長
野澤 俊也

弊社は、初代社長野澤幸三郎が、1897年(明治30年)に野澤幸三郎 商店を構え、染色のための洋藍染料などを輸入したのが始まりです。 その後、1906年(明治39年)に旧神戸居留地の一画(現本社の斜め向かい)で外国産スレート板(ファイブロ・セメント)を発見して輸入を開始し、1913年(大正2年)に製造業への転換を図って以来、セメント建材一筋に歩んでまいりました。

 

その間、弊社は建材のパイオニアを常に志ざし、地震・台風など災害が多い日本で常に人々の生命・財産・安全を守ることを第一に考え、 スレートの国内生産、原料の自給自足、特許取得の「フレキシブルシート」、加工性に革命を起こした「バームライト」、世界に先駆けた押出成形セメント板「アスロック」の独自開発など、「いつも新しいこと」を探し求めて技術革新に邁進してまいりました。

 

近年では、環境対策事業を今後の重点成長分野と位置づけ、長年にわたる建材開発に関わる無機材料の改質技術を応用し、産学共同開発によって誕生したミネラル肥料「マインマグ」をはじめ、環境負荷低減への顧客ニーズを捉えた「外壁一体型ビルトイン壁面緑化」、省エネに貢献する太陽電池一体型外壁システム「アスロックソーラーウォール」、また、新押出技術による安全性を重視した超高層建築向けの外壁材「アルカス」を開発し、市場拡大を図っております。

 

海外事業においても、中国建築市場での事業展開を本格化させ、中国瀋陽市に押出成形セメント板の製造工場を建設、上海市には、販売子会社を設立、現地生産、現地供給の体制を構築してまいります。

 

1995年に、弊社発祥の地神戸が阪神・淡路大震災により多大なる被害を受け、旧本社の「旧神戸居留地十五番館」は全壊しました。幸いにも、神戸市内で使用されたアスロックに自損被害はなかったものの、街全体で失ったものは余りにも大きいものでした。

また、平成23年3月の東日本大震災では、阪神・淡路大震災を大きく上回る、国内観測史上、最大のマグニチュード9.0を観測し、地震直後に発生した大津波により、未曾有の被害をもたらしました。大自然の猛威に対し人間は無力に近いですが、弊社は知恵と努力で人々の明るい笑顔・楽しい思い出を守り、「やすらぎと安心の創造」を通じて、社会貢献していく所存です。